標準化

こちらの記事こちらの記事で、薬剤投与量と腎機能の関係について解説しました。

クレアチニンクリアランスについては、ARCの定義が130 mL/min以上であると述べましたが、正確には、130 mL/min/1.73m2となります。この「/1.73m2」について、正しく理解していますでしょうか?

我々の体の大きさは、それぞれに違いがあり、例えば心臓の数、肺の葉数、腎臓の数は基本的には皆同じですが、一方で循環血液量、肺活量、毛量など、体の大きさや年齢に応じて変化するものもあります。例えば140cmの小柄な女性の肺活量2.5Lは、190cmの大柄な男性の肺活量2.5Lとは全然意味合いが異なります。腎臓については、左右に1個ずつというのは同じでも、その中に含まれる細胞数、糸球体数は体格によって異なっており、140cmの小柄な成人女性のクレアチニンクリアランス 50 mL/minは、190cmの大柄な成人男性のクレアチニンクリアランス 50 mL/minとは違った意味を持ちます。前者は体格に比して正常な腎機能と言えるかも知れませんが、後者の腎機能は慢性腎不全のそれである可能性が高いです。

このように、同じ値でも体格に応じて正常値が異なる場合、その人が平均的な体格であったと仮定した場合の値に変換することを「標準化」と言います。標準化することで、画一的に患者さんの値をカテゴリー分けすることが可能になります。腎機能については、濾過量は身長と体重から算出される体表面積に概ね比例すると考えられていることから、平均的な体格の体表面積を1.73m2として標準化されます。

例えば、140cm 40kg の患者さんの体表面積は1.24m2、190cm 80kg の患者さんの体表面積は2.08m2ですので、蓄尿で得たクレアチニンクリアランスがどちらも50 mL/minだったとすると、前者では50 * 1.73/1.24 = 70 mL/min/1.73m2、後者では50 * 1.73/2.08 = 42 mL/min1.73m2と2倍近く差のある値に標準化されます。

標準的な体格 (BSA 1.73 cm2) の患者のCCR 50 mL/minは、体格の小さな患者、大きな患者では異なる値に相当する。
同じ実測CCRでも、体格の違いによって異なる値に標準化される。現実的な体格差でも標準化されると2倍近く値に開きが出る場合がある。

このことは、ベッドサイドでの我々の振る舞いになにか影響するのでしょうか?薬物投与の観点からは、答えはNOです。標準化というのは、あくまで値をカテゴリー分けする際に必要なものであって、GFRについて言えば、標準化GFRというのは腎機能をカテゴリー分けする、即ちCKDのステージングには必要です。同様に、患者にARCが発症しているかどうかを判定する際にも、重要なのは「患者さんの腎機能がその体格に比して過剰に亢進しているか」ということなので、やはり標準化GFRすなわち標準化クレアチニンクリアランスから判定するのが適切であり、定義でも130 mL/min/1.73m2以上という値と単位が採用されているのです。

エビデンスに基づくCKDガイドライン2018より引用

しかし、投与した薬剤の腎排泄についての挙動は、あくまでその患者さんの糸球体濾過量に依存するのであって、喩え小柄な患者さんのクレアチニンクリアランス50 mL/minであっても、大柄な患者さんのクレアチニンクリアランス50 mL/minであっても、50 mL/minに違いはありません。したがって、我々が薬剤投与調整の際に参考にすべきなのは、体表面積で標準化していない、いわば「生のクレアチニンクリアランス」だということになります。

施設によっても異なるかも知れませんが、検査室が報告する蓄尿クレアチニンクリアランスは、既に身長と体重で標準化したものである場合があります(私の施設もそうでした)。この値は先に述べたように、CKDのステージングや、ARCの客観的判定に用いるのには適切ですが、一方で抗菌薬の投与量や投与間隔を決める際に参考にすべき値ではありません。しかも驚いたことに私の施設では、平均的な体表面積を1.73m2ではなく、1.48m2として標準化された値が報告されていました。この値は、1949年に初めて用いられた、当時の男女の平均的な体表面積の平均値だそうです1原著となる1941年の論文2を見てみましたが、日本人平均としての1.48m2という数字には言及されていないようでした。日本腎臓学会は2001年に報告書を提出し、この中で標準化体表面積を従来の1.48m2から現代人の体格に合わせ1.73m2に改めることを提言していますが3、実は多くの施設で未だに1.48m2での標準化が行われているそうです。1.48m2で標準化された値は、1.73m2で標準化された値に換算すると1.2倍程度に大きくなるため、例えば130 mL/min/1.73m2というのは111 mL/min/1.48m2に相当し、従来の標準化基準では130に満たなくてもARCであると判定しなくてはならなくなります。CKDのステージングにせよARCにせよ、基準は体表面積1.73m2で標準化したものですので、1.48m2で標準化された値が報告されている可能性がある場合は注意が必要です。

標準化された値、されていない値、それぞれに役割があります。/1.73m2という単位を見たら、どちらを使うべきなのか立ち止まって少し考えてみましょう。


参考資料

1) https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1543903997

2) 藤本薫喜, 露木貞文:日本人栄養要求量標準の算定なら びにその根拠. 栄養学雑誌 1 : 22-28, 1941.

3) 日本腎臓学会腎機能(GFR)・ 尿蛋白測定委員会報告書. 日腎会誌 2001;43(1):1-19.