「ロキムコ」
いま勤めている病院に赴任して、この言葉を初めて耳にしました。当初は「何のことだろう?」と思っていましたが、これまでにもロキソニン(ロキソプロフェン)とムコスタ(レバミピド)を同時に処方している医者を目にしたことは他の病院でもありました。ところが、この病院では、ERでロキソニンを単剤で処方しようとすると、看護師さんまでもが
「ロキソニンだけで良いですか?」
「ムコスタは良いですか?」
などと聞いていくるので、大変驚きました。この病院では、看護職領域にまで、ガラパゴス化した診療が浸透しているのです。
ロキソプロフェンとレバミピドを同時処方する場合、恐らくは胃粘膜の保護作用を期待して処方しているのでしょう。自分が処方したNSAIDのせいで、患者さんが後日吐血して入院になってしまったら、それは嫌な気持ちになります。では、当のレバミピドには期待されるような効果があるのでしょうか?
これまでに、主に日本において、いくつかのランダム化比較試験が行われています。
Naito Y, et al. Dig Dis Sci. 1998 Sep;43(9 Suppl):83S-89S. Randomized, double-blind, placebo-controlled 20人 健常ボランティア インドメタシン25mg TID レバミピド100mg TID 7日間
Kim HK, et al. Dig Dis Sci. 2007 Aug;52(8):1776-82. Randomized, assessor-blinded, placebo-controlled 20人 健常ボランティア イブプロフェン600mg TID レバミピド100mg TID 7日間
Niwa Y, et al. J Gastroenterol. 2008;43(4):270-6. Randomized, double-blinded, placebo-controlled, cross-over 10人 健常ボランティア ジクロフェナク25mg TID+オメプラゾール20mg QD レバミピド100mg TID 7日間
Ono S, et al. J Clin Biochem Nutr. 2009 Sep;45(2):248-53. Randomized, double-blind, placebo-controlled, cross-over 20人 健常ボランティア アスピリン81mg レバミピド100mg TID 7日間
Fujimori S, et al. J Gastroenterol. 2011 Jan;46(1):57-64. Randomized, double-blind, controlled trial 72人 健常男性ボランティア ジクロフェナク25mg TID+オメプラゾール20mg QD レバミピド100mg TID 14日間
Hasegawa M, et al. Mod Rheumatol. 2013 Nov;23(6):1172-8. Randomized, open-label, blinded-endpoint pilot study 75人 RA/OA/腰痛症 セレコキシブ100mg BID レバミピド100mg TID 3ヶ月
Tozawa K, et al. Dig Dis Sci. 2014 Aug;59(8):1885-90. Randomized, double-blind, placebo-controlled 32人 健常男性ボランティア アスピリン or アスピリン+クロピドグレル75mg QD レバミピド100mg TID 14日間
Gagliano-Jucá T, et al. BMC Gastroenterol. 2016 Jun 4;16(1):58. Randomized double-blind controlled 24人 健常ボランティア ナプロキセン550mg BID レバミピド100mg BID 7日間
いずれもマクロの粘膜病変や症状に着目してエンドポイントを設定し、レバミピドの効果を検証しているものが多いです。見て分かる通り、殆どは日本の研究で、健常ボランティアを対象とした小規模研究です。よくデザインされたものは殆どありません。この中で最もデザインの整ったものは最後に挙げた2016年のブラジルの研究ですが、結果はネガティブでした。ただしナプロキセンの投与量が日本のそれより多かったり、レバミピドの投与量が控えめだったりして日本の診療との整合性(外的妥当性)に問題があります。
立ち返って、NSAID投与患者での消化管潰瘍のエビデンスはどうなっていたでしょうか?極端な場合を考えてみれば良いと思います。循環器内科の患者さんで、Dual anti-platelet therapy(DAT)を受けている患者さんなどは、特にハイリスクと考えられ、予防薬の恩恵が最も顕著に現れそうです。2016年のACC/AHAのガイドラインによれば、現在のこのポピュレーションにおける推奨は、
PPIs should be used in patients with a history of prior gastrointestinal bleeding treated with DAPT (Class I). In patients with increased risk of gastrointestinal bleeding, including those with advanced age and those with concomitant use of warfarin, steroids, or nonsteroidal anti-inflammatory drugs, use of PPIs is reasonable (Class IIa). Routine use of PPIs is not recommended for patients at low risk of gastrointestinal bleeding (Class III: No Benefit).(2016 ACC/AHA Guideline Focused Update on Duration of Dual Antiplatelet Therapy in Patients With Coronary Artery Disease)
となっており、DAPT内服患者であっても、PPIが推奨されるのはUGIBの既往をはじめとした高リスク患者群のみとなっており、ルーチンの投薬は益がないとされています。
そう考えると、救急外来で処置薬として単回、あるいは帰宅時に数日分程度処方するロキソプロフェンにレバミピドを添えることには何の意味もないであろうことはおそらく検証にすら値せず、そこにあるのは無駄なコストと薬剤師の手間、内服による人体への潜在的副作用です。
レバミピド(9.9円/100mg)は、ランソプラゾール(31.5円/15mg)に比べて安価であると思いきや、前者は1日3回内服、後者は1日1回内服であるので1日量では殆ど変わりがありません。レバミピドが標準薬のPPIと比して相当に安価であるならば、代替薬として研究する価値があるでしょう。しかし現状ではコストの面でその価値はなく、またこれまでの研究にも「PPI vs レバミピド」という構図で行われたものは1つもありません。
コスト面ではどうでしょうか。外来処方薬は院外薬局での売上になりますから、院内処方で考えましょう。仮に院内全体でロキソニン60mgが1日100錠消費されるとしましょう。そしてそのすべてのロキソニンに「レバミピド100mg1錠」が添えられていると仮定すると、その薬価は9.9円✕100=1000円で、年間では1000円✕365=36万5千円となります。一般病院における医業収益に対する医業利益の割合は1%程度、すなわち病院は1万円の利益を上げるために約100万円を売り上げなくてはいけないので、レバミピドの使用全廃により36.5万円の利益が生まれれば、売上を3650万円増やしたことに相当します。これはなんと胃カメラ3200回分に相当します。今やっていることを「減らす」ことで、1日10人の検査を「増やす」ことと同じ効果があるとすれば、どちらを選ぶかは自明ではないでしょうか。
これでもあなたは、ロキソニンとレバミピドを一緒に出し続けますか?