上部消化管出血とプロトンポンプ阻害薬

Q. 40歳の肝硬変患者が吐血で来院した。吐血は持続し、Hbは9.0 g/dLである。やや低血圧だがバイタルサインはひとまず安定した。最も優先度の高い介入はどれか

1)輸液

2)輸血

3)上部消化管内視鏡

4)PPI

5)抗菌薬

(解答は文末にあります)


吐血している患者さんに、救急外来でプロトンポンプ阻害薬を処方したことが誰にでもあるのではないでしょうか。

半ば常識のように行われているこのプラクティスですが、プロトンポンプ阻害薬は、入院の必要のある上部消化管出血患者に初療室で急いで処方するほどの薬ではない、というのが私の、そしてFOAMで発信する多くの救急医の現時点での見解です。(私も消化器内科の先生の指示で処方することはあります)

https://www.aliem.com/upper-gastrointestinal-bleeding-treatment/

http://rebelem.com/good-bad-ugly-proton-pump-inhibitors-ugib/

https://www.thennt.com/nnt/proton-pump-inhibitors-acute-upper-gastrointestinal-bleeding/

要約すると
①「PPIは、証明された消化性潰瘍の患者で、再出血率、外科的介入率を引き下げる(それぞれNNT15、NNT32)効果があるが、死亡率の低下には寄与しない」
②「PPIは、出血源の不明な上部消化管出血に投与された場合、死亡率、再出血率、外科的介入率ののいずれも低下させず、内視鏡時に出血の徴候が目立たなくなり(NNT 11)、内視鏡的処置が不要なケースが増える(NNT 33)」

①の益は、アジア人に限定するとより大きいとも言われています。逆にヨーロッパでは死亡率を高める可能性も示唆されており、サブグループでのデータが不足しています。救急外来に吐血で運ばれる患者の場合、出血源は消化性潰瘍とは限らないので(食道静脈瘤など)、②に該当することになります。

それでも、PPI投与には目立った害が無いと考え、救急で原因のわからないUGIBに対し投与してしまっても構わないだろう、という主張をする人が欧米にもいるようです。

Six randomized controlled trials have been conducted to determine the effect of using preendoscopic proton pump inhibitors (PPIs) versus controls for pa- tients with upper GI hemorrhage.29–34 Reducing acid secretion may stabilize an upper GI bleeding lesion and possibly improve clinical outcomes. PPIs reduce the stigmata of high-risk lesions 9-fold and reduce the need for endoscopic intervention 3-fold, but do not reduce mortality, need for blood transfusion, need for surgery, or rebleeding rates (Table 5).35 The use of PPIs should not replace emergent endoscopy but may improve outcomes when started early.36 

Gastroenterol Clin N Am 43 (2014) 665–675

Intravenous proton pump inhibitor (PPI) therapy is recommended in patients with acute UGIB.34 When given before endoscopy, PPIs have been shown to reduce stig- mata of recent hemorrhage seen during endoscopy and the need for endoscopic inter- vention.40,67 For ulcer-related UGIB, the use of PPIs is associated with decreased rates of rebleeding and need for surgery.68 As the exact location of an UGIB may not be clearly known before endoscopy, the emergency physician should consider giving a PPI to all patients with a suspected upper GI source. 

Emerg Med Clin N Am 34 (2016) 309–325

アメリカ消化器学会のガイドラインでも、同じ状況でのPPIは使用が控えめに推奨されています。

6. Pre-endoscopic intravenous proton pump inhibitor (PPI) (e.g., 80 mg bolus followed by 8 mg/h infusion) may be considered to decrease the proportion of patients who have higher risk stigmata of hemorrhage at endoscopy and who receive endoscopic therapy. However, PPIs do not improve clinical outcomes such as further bleeding, surgery, or death (Conditional recommendation, high-quality evidence). 

7. If endoscopy will be delayed or cannot be performed, intravenous PPI is recommended to reduce further bleeding (Conditional recommendation, moderate-quality evidence). 

Am J Gastroenterol. 2012 Mar;107(3):345-60

しかし、上記の根拠に基づくのであればその主張は必ずしも正しいとは言えません。このように、同じ根拠に基づいていても異なる推奨がなされることは日本以外でも起こるということです。FOAMのような個人あるいは小グループ単位での発信では、より「less is more」の論陣が張られることが多いです。

このケースでは、「出血の痕や処置の必要性が小さくなるのであれば投与しても良い」と考える消化器内科医と「再出血や手術移行率や死亡率といった患者中心のアウトカムが変わらないのだから必要ない」という救急医の主張がぶつかり合っていることになります。

消化器内科としては、折角カメラで覗いたのに出血痕が見つからなかったり、処置せずに終わることが果たして良いことなのか、悪いことなのか、これは私には分かりません。ただ、再出血率に変わりがないのであれば、患者自身にとっては重要なことではありません。

基本的には、「患者中心のアウトカムが変化しないのであれば、その介入は不要である」というのが原則になりますが、患者中心のアウトカムではなくても、その介入が看護業務などの労働負荷を著しく軽減したりする場合は、その介入が正当化されることもあります。もちろん、その介入にかかるコストとの兼ね合いにはなります。

いずれにせよ、出処の定まっていない上部消化管出血でPPIを早期投与することに大きな意味は無いと言えます。PPIよりも、肝硬変患者の上部消化管出血に抗菌薬を投与する方が、患者にとってよほど大きなメリットになる可能性があります。

肝硬変+UGIBへの抗菌薬投与について知りたい人はこちら:
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/j.1365-2036.2011.04746.x/full

上部消化管出血についてもう少し知識を広げたい方はこちら:
https://www.aliem.com/2014/03/upper-gastrointestinal-bleeding-treatment/

プロトンポンプ阻害薬を投与するなとは言いませんが、上に書いたようにその良し悪しを決めるのは救急で対応する医師ではないと考えられますので、内視鏡をしてもらう消化器内科の先生に聞いてみるのが良いと思います。

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