ベッドサイドで実験する人たち②

②「臨床研究の副次的結果」に基づく診療

臨床研究、特にその最高峰であるランダム化比較試験(RCT)では、その研究で検証しようとしている仮説(primary outcome)が設定され、その研究は基本的にその仮説以外に得られた結果については差のあるなしについての結論を下すことはできません。「死亡率」を比較したRCTで「人工呼吸器装着日数」に差があったとしても、「人工呼吸器装着日数に差があるかもしれない」という風にしか言えません。その研究は死亡率に差を見出そうとして規模が設定されており、人工呼吸器装着日数に差を見出すためにはまた別の規模の研究を設定しないといけないからです。

臨床研究には2つの役割があり、「primary outcomeについて検証する」というRCTの役割は、道具にたとえて「truth finder(真理発見器)」と称され、「その他の副次的項目(secondary outcomes)」についてはRCTであっても「hypothesis generator(仮説創出器)」としての役割しか果たしません。副次的項目の結果から次の研究のための新しい仮説を見出す、ということです。質の高いRCTよりもエビデンスレベルの低い小規模RCT、後ろ向き研究、ケースシリーズ、ケースレポート、エキスパートオピニオン、基礎的理論などは、すべてhypothesis generatorであり、次の臨床研究を行うための足がかり以上のものではないのです。

大規模RCTでの検証が行われたことがない、あるいは検証することが難しい仮説の場合、より低いエビデンスレベルから得られている結論にしたがって診療を行う場合があります。頻度の低い疾患に対する治療などがこれに当たることが多いですが、この場合も、何でも実行して良いわけではなく、その治療の潜在的な人体への有害性やコストと、その疾患の重症度や得られるであろう治療的効果を天秤にかけて判断が下されます。大規模RCTが不在ということは、治療効果という最も重要な因子が十分に検証されておらず、同時に潜在的な有害性も検証されていないので、よほどの重症疾患で、比較的安価な治療でない限り、害が益を上回りますので、「そのような不確かな治療は実施すべきではない」という結論になります。

先の「基礎的理論に基づく診療」と異なり、この「副次的結果に基づく診療」が倫理的に妥当であるか否かというのは、その線引きが必ずしも明確ではなく、人によって意見が異なる場合もあります。

副次的結果に基づく診療において、倫理的に妥当とされる範囲はそもそも狭い

これは私見ですが、線引きの基準となっているのは「理論」ではなく「倫理」だと考えられます。この医療倫理は、国によって異なっており、本邦ではその線引きは大変に甘いものとなっています。これが、さまざまな実験的医療がベッドサイドで行われる本邦の医療の根底にある問題だと思います。

なぜ、海外で働いたこともない私が、日本の現状だけを見てその医療倫理が標準と比べて甘いと言い切れるのか説明します。新しい介入の是非に影響を与えるランダム化比較試験(RCT)において、統計学的に有意であるとされるカットオフ値は0.05と設定されることを思い出してください。p値で語ることの是非はひとまず置いておいて、この数値は、その研究結果で導き出された結果に差があると判定された場合、その差が実際の真理とは異なる確率を表しています。つまり、「差がある」という実験結果が間違っている確率です。このことが表しているのは、α=0.05という研究結果に基づいて日常診療を行う我々は、個々の介入が実は完全に間違っているにも拘らず、それを許容して診療に当たっているということです。このカットオフ値が現時点で世界共通に0.05に設定されているということは、即ち世界標準的な医療倫理は「5%程度の確率で誤りである介入(それぐらい誤りの確率が低い)ならば実行しても良い」というものだと言えます。

いくつもの大規模RCTを読んだことがある人はご存知のように、その検証をパスして日常診療が変更されることは滅多にありません。ICU領域では、年に1,2回程度といったところでしょうか。それなのに、より低質な研究の結果を基に診療が変わることなどほとんど無いのは当たり前のことではないでしょうか。特に、ある「薬」や「明らかな侵襲を伴う介入」といった治療法は、その有害性やコストが目に見えていますので、効果の証拠不在の状況下ではますます実施しにくい治療となります。「やる」「やらない」という2つの選択肢が提示された時に、「やらない」ことは、一見ベストを尽くしていないように思えますが、その実、介入に伴う「体への有害性」「コスト」といった負の側面を排除しているため、必ずプラスの側面が存在します。薬で言えばアレルギー、透析で言えばカテーテル感染、血腫形成、抗凝固薬への暴露による出血リスク増大、といった具合です。

日本に限らず、患者のために何かを「やる」ことが医療に携わる者としての正しい姿勢であるかのように語られることが多いですが、実際には、根拠を持って何かを「やらない」ことの方が勇気が要ることですし、患者を利することに繋がりやすいと言えます。この考え方ー医療におけるless is moreーが多くの人の常識となる日はだいぶ先になりそうです。

皆さんの周囲を見回してみると、特に根拠なく投与されている薬、行われている介入がとても多いことに気がつくでしょう。それらが本当に効果がある治療でない可能性が5%よりも高いことは誰の目にも明らかです。そうした余計な介入をすべて止め、それらについて考える時間を無くせば、本来あなたが為すべきの業務の質は数段高まるのではないでしょうか。

ベッドサイドはあなたの実験場ではなく、患者の利益を最大化する場所です。

(おわり)

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