「21世紀の輸液療法 第一部・第二部・第三部」をまとめたページ。
記載した文献のほか、筆者の主観的解釈も多く含む内容です。
第一部 解説動画(ライブ)
Rescue phase 〜 Deescalation phase(ROSEモデル)と
Frank-Starling/Marik-Phillips曲線の連動グラフ
第二部 静脈還流と心拍出量 解説文
1章 血流を駆動するもの
循環を電気工学的な「電圧・電流・抵抗」に当てはめて考えるとき、多くの人はそれをこの図のようにイメージしているのではないだろうか。すなわち心臓(左室)を電圧発生装置、血流を電流、末梢血管を抵抗というように考えている。

循環の主役が圧力発生装置としての心臓(左室)だと考えるのは不都合である。まず図のようにポンプだけが存在し、それを弾性のない固い鉄パイプの回路に接続したとする。ポンプのレバーを押しても、その圧力は即時に回路を伝播し血液の還流を妨げるので血流は生じない。

まずポンプの直前に「右房」が存在することで、収縮期の圧力伝播を一次的に「プール」し、拡張期にそれが心臓へと戻るシステムとして働く。この結果、回路には収縮期にだけ拍動性の高い血流が生じるようになる。

さらに上流にコンプライアンスの非常に高い領域が存在したとする。すると収縮期の拍動血流はそこにプールされ、そこから下流にはコンプライアンス領域の水面の高さ、右房の水面の高さにに応じて収縮期、拡張期を通して拍動性のやや低い還流が生じるようになる。

上流のコンプライアンス領域がさらに大きくなると、拍動に応じた水面の変動はほとんどなくなり、その下流には収縮期、拡張期を通してほぼ一定の血流が生じるようになる。これが静脈還流が生じる仕組みを簡略化したモデルである。ここでのコンプライアンス領域は、内臓血管床を始めとする小静脈系(veins and venules)に相当する。

このコンプライアンスの非常に高い小静脈系には、循環血液の実に70%が収まっており、この領域の容積変動は循環動態全体に多大な影響を与えることが容易に想像できる。

冒頭の電気回路を考える時、拍動性の動脈血流ではなく静流である静脈還流を「I」と考えると、コンプライアンス領域の壁の弾性力(水面の高さ、正確にはこれ右房との圧力差)が「V」、右房へと流入する大血管の抵抗を「R」と考えることができる。

すると冒頭の図は、右のように書き換えることができる。血流の駆動に大きな役割を果たしているのは、意外にも心臓ではなく「小静脈壁の弾性力」と言えるのである。

2章 Mean systemic filling pressure、Guyton曲線
前出の回路図を人体でのイメージに近づけて描くと右のようなモデルになる。後述のStressed volumeとUnstressed volumeから成る小静脈系の高コンプライアンス領域から右房に圧差で流入した血液が、心臓によるポンプ機能で汲み出される。Stressed volumeの水面がMean systemic filling pressure、右房の水面が右房圧となる。

Mean systemic filling pressure(MSFP)は、前述の小静脈系高コンプライアンス領域を中心とする静脈系の壁弾性力により生じる平均圧力である。MSFPを上流圧、右房圧を下流圧とした圧差により静脈還流が生じる。MSFPの大きさはStressed volumeにより変動する。

同じMSFPでは、右房圧が高いほど静脈還流は小さくなり、右房圧が低くなると静脈還流は大きくなる。右房圧は心臓のポンプ機能(右房からの汲み出し能)により変動し、ポンプ機能が向上すれば水面が下がり右房圧は低下する。

これをグラフにすると、右房圧の上昇にほぼ比例してに静脈還流が減少する右のような形になる。右房圧が次第に上昇して静脈還流がゼロになったときの圧がMSFPになる。この直線(曲線)をGuyton曲線と呼ぶ。

次にStressed volume、Unstressed volumeだが、血管内が空の状態から血管壁に張力を生じるまでに満たされる容量がUnstressed volume、それ以上の容量依存性に壁張力を上昇させる部分がStressed volumeである。Stressed volumeは循環血液量の30%程度と言われている。

静脈系の高コンプライアンス領域が収縮、拡張することで、Unstressed volume↔Stressed volumeの間で10mL/kgもの血液動員が起こる。これはノルアドレナリンやニトログリセリンの薬理学的作用として観察される。これは前出のモデルではMSFPである小静脈系の水位の変化として表現される。

いわゆる「3rd spacing」とは、この「小静脈系の拡張」によってStressed→Unstressed volumeへと移動した血液量と、第一部で解説したGlycocalyxの喪失により血管外へ漏出した血漿量の総和と考えることができる。

先の電気回路と「“静脈系ーポンプ”モデル」との対比において、電圧が「MSFPーRAP」、電流が静脈還流に相当する。ここでは回路のもう一つの要素である「抵抗」について見てみる

抵抗は回路にかかる電圧の変化に対してどの程度電流が変化するかからその大小を知ることができる。先のGuyton曲線では、線の「傾き」が抵抗に相当することがわかる。傾きがなだらかなほど抵抗は大きく、急峻なほど抵抗は大きい。この抵抗をここでは「還流抵抗」と呼ぶことにする。

また、Guyton曲線は左肩上がりであるが、右房圧が0以下になると、MSFPと右房圧の差は大きくなるものの、右房流入部での血管虚脱が起きてしまい実際にはそれ以上静脈還流が増えなくなる。この現象をFlow limitationと呼ぶ。

これを先のモデルで描くとこのようにイメージされる。なお、自発呼吸では胸腔内圧は陰圧となるため、RAPが0を多少下回ったとしても心臓は右房の虚脱を招くことなく血液を全身に汲み出すことができる。

したがって実際のGuyton曲線、Frank-Starling曲線は図のような形を取り、その交点が実際の右房圧となる。MSFPが一定なら、心臓が拍出量を最大化する方法は収縮能の動員により右房圧を0になるまで引き下げることであることがこの図からわかる。

つまり、このような静脈システムに

このようなポンプを接続すると

このような状態で平衡する、ということである。

3章 各病態とGuyton曲線、Frank-Starling曲線の動き
ここからは、生理的状態・各種病態を先のモデルで描いてみる。まず有酸素運動時の変化である。有酸素運動時には右房圧はあまり変化しないとされる。その理由は心機能の動員とともに還流抵抗が減少するためと言われる。このときMSFPはほとんど変化していない。運動時に静脈還流が増え、心臓がバクバク動くことで増加分を汲み出していくイメージだ。

右図のようにGuyton曲線におけるMSFPは変位せず、還流抵抗の減少によりその傾きだけが急峻になる。同時にFrank-Starling曲線が立ち上がって交点が上方に移動し、右房圧が変化しないまま心拍出量だけが大幅に上昇することが見て取れる。

次は輸液である。血管外から血管内への容量負荷によりMSFPで表される水位が上昇する。これによりMSFPと右房圧の差が大きくなり、還流抵抗が一定であれば生じる静脈還流が増加する。

輸液はGuyton曲線を右方に平行移動させる。MSFPの変化は右房圧によらず一定と考えてよいとされる。このとき、MSFPの上昇の結果生じる右房圧の変化に比して心拍出量の変化が大きいなら、それだけ輸液反応性が高いということになる。

心不全はポンプ機能の低下として描かれる。これにより右房からの汲み出し能が低下し、右房圧は上昇。MSFPとの圧差が縮小し、静脈還流量が心拍出量と同程度まで低下して平衡する。左心不全の場合、この過程で肺循環に鬱滞した循環血漿が肺水腫を起こす(第三部で詳述)。

Guyton曲線とFrank-Starling曲線の交点は右下方へと移動し、右房圧が上昇、心拍出量=静脈還流が低下していることがわかる。

次は静脈系の血管収縮による水位=MSFPの上昇である。これはカテコラミンの作用としてみられる。体外からのアドレナリンの投与や、SCAPEでみられるような内因性カテコラミン産生によりこのような変化が起こると考えられる。MSFPと右房圧の圧差拡大により静脈還流は増加する。

ノルアドレナリンは、小静脈を構成する内臓血管床の収縮の他にも、大静脈の収縮により還流抵抗を上昇させ、またβ作用により心予備能も動員する。したがってトータルではこれらの複合的な効果を示すことになる。

Guyton曲線は右方に移動し傾きはなだらかになる。Frank-Starling曲線は立ち上がり、トータルとして心拍出量=静脈還流は増加する。増加の程度はその人個々の心機能予備能等に依存することは言うまでもない。

ノルアドレナリンは、小静脈系の収縮によりUnstressed volumeをStressed volumeへと動員することでMSFPを上昇させる。これにより血管内容量が変化しなくても心拍出量=静脈還流が増加する。

一方でこの「小静脈系の収縮」は、それ以降の輸液によるMSFPの「増加効率」をも上昇させる。小静脈領域のコンプライアンスの低下により、同じ容量負荷に対する圧の上昇が大きくなるためだ。それにより循環を維持するために必要な輸液量が減少し、総輸液量の削減につながる。

最後に、敗血症性ショックでのモデルを提示する。敗血症による全身の血管の弛緩は静脈系の拡張からUnstressed volumeの拡大と還流抵抗の減少をもたらし、Glycocalyx喪失による血管外漏出とあわせGuyton曲線が左方に移動し傾きが急峻になる。これにより右房圧、静脈還流=心拍出量が減少する。

上述の敗血症による血管内脱水に反応して、心収縮予備能が動員されFrank-Starling曲線が立ち上がることで心拍出量が不完全ながら維持される。この過程で右房圧は更に低下する。これが救急外来で見る敗血症患者の初期臨床像(頻脈、低血圧)である。右房圧と相関するIVCは当然虚脱傾向となる。

敗血症性ショックに対する初期輸液と昇圧剤により、左方に移動していたGuyton曲線が右方移動し、傾きもなだらかになることで心拍出量が回復する。

ここまではGuyton曲線とFrank-Starling曲線のみを描いたが、これにMarik-Phillips曲線を追加することで安全域の概念が加わり、敗血症での呼吸状態を含めたより包括的な理解が可能になる。

例えば、上の状態からこの患者がストレス心筋症を生じたとする。するとGuyton曲線との交点が右下方に移動して心拍出量が低下することに加え、安全域が大幅に縮小することや患者が呼吸安全域外へ逸脱することで呼吸状態が破綻することが見て取れる。

そのような患者に挿管することで、呼吸安全域が拡大し再び患者の状態は安定する。

呼吸安全域の拡大は、追加輸液の余地を生み出し心拍出量の安全域内での増加を許す。

ストレス心筋症の改善により心機能が回復すると、さらに心拍出量が増加して循環の安全域も拡大する。

血管内容量や心機能回復の程度によっては、抜管に伴うMarik-Phillips曲線の左方移動により患者の呼吸状態が再び安全域外へと逸脱する可能性がある。SBTとはこうした逸脱の可能性を可逆的な状態でテストするものである。

Deescalation phaseの尿量増加や、利尿剤の投与によって血管内容量が低下すると、一時的に安全域を逸脱していた患者の呼吸状態も再び安全域内へと収まることになる。これが典型的な敗血症性ショックにおける循環動態、呼吸状態の一連の動きである。

今回紹介したモデルでは、静脈系から流入した血液を心臓という1つのポンプが拍出するものとして描いた。だがこれでは、最後に示した敗血症での呼吸状態の悪化といった病態をうまく説明できない。

実際には、心臓は「右室」「左室」という2つのポンプで構成されている。実際の生体と同じように、この2つを分けて考えることがより多彩な病態を理解する上では有用である。第三部ではそのような視点で考察を進めていく。

〜第二部 解説文 終わり〜
第二部の内容に基づいた病態解説動画

