理性的行動と感情的行動

感情的な人間は感情による納得行動を理性による納得行動で上書きできない。自己愛に駆られた無意識の行動は、その健全/不健全を問わず感情的な納得行動に類する。理性による納得行動を習慣化することで、よい結果が生まれることが体感され、同じ行動であっても理性的行動が感情的行動に変化する。我々は生まれつき、理性よりも感情に行動を規定される。それがすべての動物の本性である。理性はしばしば、自己愛不全のある者がある種の代償行動(理論的思考を要するような学問の追究)に没頭する過程で発達する。そういう者は、自己愛による不健全な感情的納得行動から脱却する術を手に入れたという点では幸運である。だが優しさや親切心の体験を通して健全な感情的納得行動を人生早期に身に付けることができた者は、理性をさほど発達させなくとも幸福な人生を歩むことができる。彼らは自分の健全な感情的納得行動を理性で上書きする必要がない。最も不幸なのは、人生の早期に優しさや親切心に触れることができず、さらにそこから生じた自己愛不全を理性的行動以外の手段ばかりで補償してきた者たちである。自分を美しく見せることや、「特別」に見せることへの没頭に理論的思考は必須ではない。この視点では、美容整形により自分をいつまでも若く見せることに執心する者も、何冊も学術書を出版して名声を得る者も本質は同じである。社会的評価や地位は、どのような自己愛不全解決策を選んだかの偶然の産物でしかない。

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