人との2種類の関わり方

人との関わり方には2種類ある。一つは本当の意味での心の交流、腹を割った話、情緒の交換というものだ。この目的のために他者との関わりを求めるのは健全な心の動きである。もう一つが、自分の満たされない自己愛を補うために他者を利用する不健全な関わり方である。そういう人の関わり方には、自分の業績を見せつけようとしたり、知識を披露したり、暗に賞賛を求めたりする態度が滲み出る。相手にとってそれがどんなに有意義であったり教育的であろうとも、そのような関わり方は双方の心にとってプラスにはならない。そうした関わり方は、相手を操作しようとする意図を秘めている。相手からの賞賛、賛辞、感心を引き出すことも、感謝を求めることも、いずれも相手への操作的行動である。健全な教育とは、聞かれたことに答え、その結果相手が納得したり変化したりすることは相手次第と割り切ったものである。多くの相手が自分の理想通りに変わらないとすれば、それは教育する側の方法、提示する内容に決定的な誤りがあることの表れでしかない。講義に受講生が集まらないのは、受講生のせいではない。その講義に魅力がないからなのだ。トラブルに際してその責任を相手に見出そうとしているうちは、当人の心の成熟は得られない。

不健全な関わり方でしか他者と関われない人は、まず人に絡んでいくのをやめ、人から声をかけられるのをじっと待ってみることである。自分が人間として成熟していれば、自然と多くの相手が声をかけてくる。中には不健全な関わり方をしてくる者もいるだろうが、一方で健全な交流を求める者もいる。心の不健全な人は、じっと待っていてもはじめはほとんど誰も自分に声をかけてくれないことに不満やもどかしさを覚えるだろう。話しかけてくれたとしても、それは仕事上の必要に迫られたものでしかないことがほとんどだと感じるだろう。それが自分の生き方の致命的な誤りによるものなのだと素直に認めるところから再生が始まる。じっと待っているとき、どのくらい他者から情緒的に関心を寄せられるかが自身の心の成熟度の指標となる。