ナルシシストの早熟

若くして誰かをあっと言わせるほどの才能を発揮する人は、往々にして不健全な自己愛補償行動がもたらした能力の持ち主であると言えるかもしれない。その能力の高さそのものが、心が健常な者の努力では到達できないものであるという点と、そのような人ほど他者に自身の才能を公表したいという気持ちが強いという点で彼らは人々の目に留まりやすい。SNSやメディアに積極的に露出する者は、自己愛満足に飢えている。飢えているからこそ、ナルシシスティックに努力してそれなりの力をつける。若くして眩いばかりの才覚を表すものを理想化対象とすることには注意したほうがよい。彼らのプロセスは不健全な可能性が高いだろう。健常者でも、地道な努力により確固とした高い能力を得ることが可能だが、それには長い年月を要し、また彼らがそれを人前で積極的に表現することはおそらくない。悟りを開いた師は講釈を垂れず、弟子が師の言葉を伝承するのと同じである。医療者にしても、心の成熟した指導者は得てして著作も少なく、講義なども自ら出ていくというよりも乞われて仕方なく出ていく。後進の指導も傍から見るとさほど熱心には見えない。彼は淡々と仕事をこなす。だが彼の周りには自然と人が集まり、頼まれごとも多い。真の健常者は寡作である。健全な成熟には、長い時間がかかるものである。