自己愛の階層

「眠気の解消」「空腹の解消」「情緒的交流による感情の自由な表出」の3つを私は「基本的自己愛」と呼び、何者にも優先して尊重されるべき自己愛と位置づける。次に優先度の高い自己愛が健全な生きる姿勢、信条の保持である。そして最も優先度の低いのが、その他のあらゆる他者依存的=不健全な自己愛である。基本的自己愛や健全な自己愛が十分に満たされていれば、不健全な自己愛満足は少なくてもよく、また暴走もしないというのが私の仮説だ。

不健全な自己愛を追求する心の動きは、自分の身体を含む全ての非自己的な外部について、現実とは異なる状態を夢想し、そこへの近接体験から満足を得、そこへの過程ではなく到達することそのものを目的とするものである。岡田尊司氏などの言うように、この心の動きを「誇大な」自己愛が形成されたり、自己愛の「肥大化」が起こるというように考えることができるが、これらはいずれも健全な自己愛の剥奪により自己愛欲求が暴走した結果と捉えられる。特に親や周囲との関わりにおいての感情の表出、情緒の交換が妨げられ、また健全な生きる信条を持てなかったことが自己愛肥大の重要な原因であろう。これの代償反応として、不健全な自己愛欲求が暴走する。それはその人の中にわずかにある健全な信条をも軽視させ、睡眠、食事という基本的自己愛行動をも容易に侵食してしまう。そして当人は基本的自己愛の剥奪がより深刻化していることにも気づかず、不全感からますます自己愛を「肥大化」させて代償行動を加速させる。この悪循環に歯止めをかけるにはどうすればよいか。まずは事態の認識。そして回復できる基本的自己愛である睡眠の確保や空腹解消による満足感覚の回復を何よりも優先して行う。ここからは難しい作業だが、周囲の人の助けを得て情緒の交換というものを体験していく。そして自分が潜在的に大切にしたいと思っていた信条は何なのかを意識に上らせ、それに沿った生き方を重ねていく。そうやって健全な自己愛満足を蓄えていくことで、不健全な代償的自己愛行動は影を潜めるだろう。