身体的/精神的苦痛を受け入れるには

腰痛に苛まれていても、その苦しみを表現でき、理解してくれる者がいれば腰痛という現実に耐えることができるだろう。その苦しみを理解してくれる者がいないとき、人は腰痛の解消にナルシシスティックなエネルギーを投入していくのではないだろうか。良い成績を取れない自分の辛さを表現でき、それを理解してくれる者がいてはじめて、彼はそんな自分を許せる。それが叶わないとき、彼は辛い自分を否定し、ナルシシスティックに現実改変に取り組み始める。感情の自由な表出は、眠気、空腹以外の身体的・精神的苦痛に耐えていくためにはどうしても必要なものである。病気になっても、その辛さが表現でき、それを理解してくれる人がそばにいて初めて、その人はその病気を受け入れることができる。