汝の欲する所とは

「汝の欲する所を為せ」という格言において、「汝の欲する所」というのは、「相手にして欲しいこと」ではなく、自分が真に欲している「自分の自己愛が満たされる行い」である。つまり汝の欲する所=基本的自己愛ということだ。「自分の健全な自己愛が高まることを行いなさい」と解釈するのが正しいようだ。この格言には他者は関係なく、汝の欲する所=自分の真の欲求=自分の自己愛を健全に満たす方法、と考えればよい。「為す」のはあなた自身であり、他者ではない。だからここで想定されている行為に他者は介在しない。他者に依存せず、自分が行うことでのみ自己愛を満足させられることを行いなさいということだ。すなわち眠気を解消するために眠る、空腹を解消するために食べる、そして感情があなたに語りかけるままに行動するということだ。

「己の欲せざる所は人に施す勿れ」というのも、一見自他を同一視しているように見えるが、「自分の自己愛を傷つける行いは、(相手に止めさせるのではなく)自分が行わないようにする教訓として用いよ」という解釈をすれば、結局は自他をしっかりと区別した格言というように解釈できる。自分が不親切を嫌うならば、まず自分が人に不親切にするな。自分の皿を洗わないままにしておくことが嫌ならば、まず自分が皿を洗えということだ。

これらの格言のどちらも、言っていることは実は同じで、「自分の自己愛が高まるような行動を、他者に求めるのではなく自分が実践するようにしなさい」と言っているのだ。欲とは自己愛、そしてここで言われる欲とは健全な欲求、つまり人が生きる上で望ましい姿勢のことである。

ナルシシストは、自分の思うようにことが運ぶよう相手を操作する。自分が注目されたければ、相手に自分を見てもらうよう仕向ける。相手に離席時にログアウトしてほしければ、そうさせるように仕向ける。子供に勉強してほしければ、直接口やかましく言うか、もっと巧みにそういう雰囲気を作り出す。「汝の欲する所を相手に為させよ」がナルシシストのの信条である。そのための努力に膨大なエネルギーが注がれる。そして得られた結果が当初のイメージに一致しなければ、自己愛の傷つきとともにそこまでの一貫しない姿勢も相まって空虚な気持ちに陥る。