感情の拒否が幻想の肥大化へつながる過程

戦慄の体験が感情の拒否を引き起こす。感情の肯定、表出という基本的自己愛が満たされないとき、その人は満腹による満足、性欲の満足、競争の勝利、業績の達成という形で代償的満足を見つけていく。過食、売春、拒食/ダイエット、非行、成績への執着、過労、ネット空間への逃避はいずれも形を変えた代理満足の表現とみることができるのではなかろうか。とくに競争の勝利、業績への執着は、食欲や性欲のような身体的満足ではなく、それを達成した自分をイメージすることによる心理的満足から生まれ、そこにナルシシズムが形成される。空腹の解消、眠気の解消、感情の自覚/肯定/表出といった基本的自己愛満足が充足しているひとは、それ以上に不健全な自己愛を発達させ満足を得る必要がない。人は得られないものを諦め、他の方法で満足を得ようとするものなのだろう。それが社会を回し、前に進める原動力となっていることも事実ではある。基本的自己愛の満足、すなわち空腹を解消すること、十分な睡眠を取ること、自身の感情に素直になることは、戦時中に比べれば安全に満足するための障害がほとんどなくなっているはずなのに、実際には別の社会的状況が出現しているせいでどんどん難しくなっている。空腹の解消は、代償的満足としての満腹により駆逐される。睡眠は日中の仕事の直接的影響、あるいはそのストレスを相殺するための満足を得るために確保される時間のあおりを受け削られる。ナルシシズムが助長する社会の中で人々の幻想は肥大し、家庭内でも親のヒステリーによる戦慄体験が増加し、子供に感情を拒否させる場面が増えている。基本的自己愛の満足を奪われた者たちは、ますます代償的満足を求めるようになり、社会もまたナルシシスティックな満足を得るさまざまな方法を彼らに提供する準備ができている。科学の進歩が生活用具をますます便利なものに置換していき、人々の全能感に拍車をかける。働き方改革という名の生産性の向上が推奨され、姿勢よりも結果への最短距離が重要視される。SNSという「ステージ」が個人に無制限に提供され、個人のイメージの形成を加速させる。SNSや動画サイトで見る世界中の一流パフォーマンスは、その相手をテレビの中で見るよりも自分に近い存在であるかのように錯覚させ、かつては手の届かないように感じられた存在を比較対象、同一化対象にしてしまう。かつては諦めなくてはならなかったものも諦めることが難しくなり、全能感が刺激され、金と時間さえあればだれにでも手が届くという幻想が生み出される。