傷つけられ、傷つけるナルシシスト

ナルシシストは、現実という彼らにとっての壁の前で、破綻と傷つきを避けられない結果主義という信条をかかげながら、勝手に傷ついている。現実原則に従って生きている普通の人にとっては、彼らの傷つきは理解できない。もしナルシシストが破綻を避けながら生きてこられたとしたら、それは周囲と摩擦を生みながらも現実改変を試み、それがある程度成功してきた結果である。だが破綻はいつか必ず訪れる。現実改変が長く奏功してきた者ほど、幻想と現実の区別は曖昧になり、ナルシシズムが深化する。だが彼らは自分でも気づかぬうちに満身創痍となっている。彼らは生きているだけで傷だらけなのである。現実改変には膨大なエネルギーが必要となる。それがときに望ましい社会変革、組織変革のエネルギーともなる。彼らの目指す結果が社会的に望ましいものであれば、周囲からも好意的に受け入れられ、ナルシシズムの負の側面は表面化しにくい。だがエネルギーを消費する方向が社会的に望ましいベクトルから逸れてくると、周囲からの支持を失い、気がつけば彼は孤独になっている。ナルシシズムのエネルギーは物事を早いスピードで推し進める。彼らにとってはそのスピード感が基準になっているので、非ナルシシストからすると彼らは恐ろしく仕事が早く、優秀な人間に見える。傍観しているうちはよいが、ナルシシストと仕事をしたり、親しい関係になると、ナルシシストは自らの基準を周囲にも求めてくるため、非ナルシシストはそのスピード感や結果を急ぐ姿勢についていけない。そしてナルシシストはついていけない非ナルシシストのことを不満に感じ、批判を加えるようになる。非ナルシシストのスピード感に現実改変を加えようとする。だからそばにいるのがお互いに辛くなる。両者はもともと物事を進めるペースが異なる。一方は現実に従い、他方は幻想にしがみついている。前者は遅く、後者は早い。たとえナルシシスト同士であっても、彼らは競争の勝利、優位性の確保が信条だから、お互いを征服しようとして関係が悪化する。お互いの幻想が全く一致することはありえない。ナルシシストが人と親密で良好な関係を築こうとするなら、本人がナルシシズムを捨て去るしかない。社会的にある程度の成功をおさめたナルシシストの知的能力は一般の人々よりも高い。高いからこそ社会的に成功できる。その上で彼らは物事に全力で取り組み、多大な業績を上げようとする。彼らがナルシシズムを放棄したとしても、彼らの物事を進めるペースは決して一般から見ても遅くはない。だがナルシシスト本人からみるとそれはあまりにも遅い。その遅さこそが本来あるべき現実の姿なのだと彼らが認識できるのには時間がかかるだろう。