健全な怒り

ナルシシストの怒りのほとんどは幻想の現実との乖離に基づく不健全なものだが、その性格形成の根底にある、感情表現の抑圧(抑制ではない)に対する怒りだけは基本的自己愛欲求の傷つきに対する正当な怒りである。「感情を表現したい」という姿勢は、結果にもとづく依存的なものであっても健全なものである。彼らはその基本的自己愛を満たしてもらえなかったことについて怒って当然だし、そのことが彼らが失った感情表出能力を解除するための突破口となるかもしれない。その怒りはほとんどの場合で両親や自分の養育者に向けられるものだろう。両親をとことん恨み切るには、両親に対して怒りを感じ、それを他ならぬ両親に向かって表現することを自分に許す必要がある。自分がいつ、戦慄を経験し、感情を拒否しなければならない体験をしたのか、思い出しながら記憶を追体験し消化していく必要があるのではないだろうか。空腹を満たしてもらえない怒りは、幼児が示す不機嫌に表されるように健全な依存的自己愛憤怒である。睡眠欲が満たされない怒りもまた、現代社会では満足が困難になりつつあるとはいえ本来は健全とみなされるべき自己愛憤怒である。現代の働き方改革が主に保証するのは本来この部分である。そして自分の感情を肯定することができないことへの怒りも、これらと並んで健全な自己愛憤怒であるが、それは生存に直結せず、飢餓や睡眠不足といった身体的な外的ダメージではなく、心理的な内的ダメージとなって人を蝕む。