部下への指導とナルシシズム

部下と指導者の意見のすり合わせというのは、ナルシシズム同士のぶつかり合いの場合もあるが、部下がまだ未熟な場合は、「指導者」と「それに同一化しようとする者」という形を取る。そうしたトレーニングの中で徐々に部下が自分の世界観を形成し、自分の仕事の姿勢を確立していくさまは、親から子供が自立して行く様子に相似なものと言えるだろう。初期においては、上司がナルシシスティックであったとしても、上司の判断が優先されることになるので問題が表面化することはない。だが自分の仕事へのスタンスを徐々に見出しながら自立しようとする部下に対し、上司が過度にナルシシスティックに接することは、部下にそのままナルシシスティックな上司へと成長する未来を約束してしまう。部下が自分で考えたことには、多少の意見の相違があったとしても許される範囲内で意見を尊重するというのが正しい教育姿勢のように思われる。一般に、部下が経験を積むほどに、ナルシシスティックな接し方は控えていくというのが正しい教育だろう。子育てにも通じるところであるが、この「放任ではなくナルシシスティックでもない」中庸を保つというのが難しいところではないだろうか。上司がナルシシスティックな人物であったときに、初期から問題が表面化する場合がある。これは部下が新しく仕事に就いた段階ですでにナルシシスティックな性格を身に付けてしまっている場合である。この場合、部下であってもはじめから上司とナルシシズムの衝突を起こすことになり、教育上の障壁となってしまう。