結果は姿勢を作り出すための手段

ナルシシストはいろいろなことのスピード感覚が狂っている。かれらはあまりにも多くのことを成し遂げようと必死だった。彼らは健全な心の持ち主が長い期間かけて達成することをあまりに短いスピードで成し遂げようとする。だからナルシシストが自分の本性に気がついたとき、普通の生活に戻ろうとしてもそのペースの穏やかさにイライラしてしまう。だが人生とは本来そのくらいゆったりしたものなのだ。だから周囲の進歩が遅くても、物事が自分の思うように進まなくても、それは周囲の責任ではない。自分の時間感覚の狂いのためなのだ。そう考えると、人生で成し遂げられるべきことはそんなに多くないし、また多くある必要もない。なぜなら大切なのは成し遂げた事柄の数ではなく、そこへ向かう姿勢の一貫性にあるからだ。目的と手段が対比されることが多いが、目標とそこへ向かう姿勢を考えるとき、実は目標のほうがそこへ向かう姿勢を作り出すための手段になっているということに気がつく。姿勢は一貫しているほどよいのだから、目標や結果はひとつあれば十分なのだ。取り組む一貫した姿勢を作り出してさえいれば、それが仕事上の目標であってもよい。ただ、現代にありがちな期限を設定されたノルマのような目標は、残念なことに健全な心の持ち主よりもナルシシストとの親和性が高い。なぜならナルシシストの第一優先事項は目標の達成であり、彼らの手段を選ばない取り組み方が期限付き目標の達成にはより向いている。ナルシシストは、どんなにたくさんの目標を立てても、その達成が第一の優先事項になるため、そこへ向かう姿勢は一貫してこない。そして目標を達成する過程でしばしば本来最も大切な人間関係を犠牲にする。姿勢こそが真の目的であり、目標を「姿勢を作り出す手段」とみるなら、目標を持つこと自体は本質的に必須ではない。日々の生活の中に自分の生きる姿勢を見出すことができれば、生きることそのものがそこへ取り組む姿勢を作り出す手段として機能するようになるだろう。だがナルシシストは到達すべき目標しか見ることができないから、取り組む姿勢は作り出しても到達するものではない「人生」というものに彼らは意味を見出すことができない。

具体的な目標を失い、豊かな人間関係を持たぬままその生身の人生に放り出されたナルシシストは、秩序のない、雑然とした生活しかできない。そこに秩序を打ち立てるにはどうしたらよいのか。それはやはり身体に立ち返ることだと思う。食欲に耳を傾けて食べ、口渇に応じて飲み、眠気を感じて眠り、排泄欲に従う。日々そのように過ごせているという感覚が、その人の中に一貫性の感覚を育んでいくのではなかろうか。