姿勢のもち方、人間の成熟

ある「姿勢」を自分の信条とするならば、その姿勢は他人と生活していく上で相手に害を与えるものであるべきではない。そう考えると、夫婦で暮らしている者が持つことを許される姿勢というのは、一人で暮らしている者が持つことを許される姿勢よりも当然狭くなるし、子供を含めた家族で暮らしている者が持つことを許される姿勢というのは、それよりも更に狭くなる。ただしそれは、あくまで「他者依存的であっても許される姿勢の範囲」が狭まるというだけで、真に健全な自尊心のもち方が制限されるということではない。「親切にする」や「誠実振る舞う」という信条はどれだけ多くの人と生活しようと他人には害を及ぼさない。一方で「朝に納豆を食べる」「週に3回は散歩をする」といった信条は共同生活の中では制限される可能性がある。こうした不健全な信条は「こだわり」とよばれる。人間の成熟とは、この「こだわり」を手放していくことであり、それが他者との円滑な人間関係を可能にする。「こだわり」は、その人が本質的に満たされないものを不健全な自己愛行動で補おうとする結果生じる。よって、その人がこだわりを手放せるようになるには、本質的な部分、すなわち健全な人間関係から自己愛が補給できる状態でなくてはならない。つまり人間の成熟とは、豊かな人間関係を築いていくことに他ならない。