ナルシシスティックな努力を利用してよいのか

ナルシシストが自分の本性に気がついたとしても、彼らが努力をするとき、彼らは幻想追求、同一化によるナルシシスティックなエネルギーにより物事に取り組む。その姿勢の正の側面は、エネルギー量が多く進歩のスピードが早いということ。だが負の側面は、即物的で我慢を失った姿勢であり、結果を早急に求めすぎるが故に犠牲になる他者との人間関係や身体シグナルの無視といったナルシシズムの深化である。やはり自分の本性に気づいた者はナルシシスティックな努力からは身を引くのがよく、人間関係や身体からのメッセージ傾聴を常に第一の優先事項とし、その合間に緩やかなペースで理想を追求する姿勢を維持できることに自己愛の満足を見出せるようになるべきだろう。そのペースは、それまでナルシシストとして生きてきた者にはあまりにも緩やかなものに感じられるだろう。あたかも何もしていないように感じるほどかもしれない。だが健全な人生とはそのようなものなのかもしれない。逆にナルシシストは、周囲に対し成果を早急に求めることにしばしば困難を感じる。どうして人は自分のようにできないのか。それは必ずしも相手の能力が低いわけではなく、健全な心の持ち主とナルシシストでは成果に向かうスピードに本質的に違いがあるからだ。それはナルシシストが完璧を求める姿勢にも表れる。ナルシシストにとって完璧こそが最高の結果の表れである。かれらはそこに一刻も早く近づこうとする。だが健全な心の持ち主はそうではない。彼らは進歩を一定に保ち、その時点での自然な結果を提出するのだから当然完璧さとは無縁である。時間をかければ当然彼らもそれだけ質の高い結果を出すことができる。それが真の勤勉というものである。