先の説明の通り、間接法では血清サンプルを水で希釈してから測定に回します。
希釈の程度は20倍や30倍といった単位ですから、水で希釈されたサンプルは、そのほとんどが「水分画」になります。よって電極法にしろ炎光法にしろ、この希釈サンプルの濃度を測定すると、得られたNaイオン濃度はほぼ希釈後の「水分画」中の濃度と言って差し支えありません。そして、20倍に希釈したら、得られた希釈液の濃度を20倍に変換してもとのサンプルの濃度として報告するわけですが、ここで問題が生じます。
すなわち、この時もし間接法による報告値が血清Na濃度140mEq/Lという「正常値」であったとしても、元のサンプルの血清分画によって、血中の「水分画」Naイオン濃度、つまり真のNaイオン濃度は3種類の状態が想定されます。
1)元のサンプル中のタンパク・脂質分画が正常(7%)であるとき
真の生理的インデックスである水分画Naイオン濃度は正常値の151mEq/Lとなります。中央検査室のNaイオン濃度報告値140mEq/Lが「正常」であることが信頼できる唯一の状況です。血清Naイオン濃度報告値が140 mEq/Lであるなら、この時の水分画Naイオン濃度は140/0.93 = 151 mEq/Lです。直接法では、この151 mEq/Lの部分に電極を差し込み、151 mEq/LのNaイオンが発生させる電位を機械が感じ取りますが、報告時には血清全体の濃度に置き換えた「140 mEq/L」が報告されます。
2)元のサンプル中のタンパク・脂質分画が正常よりも「大きい」とき
元のサンプルの水分画が93%よりも小さいため、サンプル全体に存在しているNaイオンの数を93%よりも少し小さな水分画だけに分布させると、濃度は1)の場合より濃くなります。つまり、「血清」Naイオン濃度が正常値をとるにも拘らず、生理学的には「高ナトリウム血症」になっています。これが偽性低Na血症の生じるメカニズムです。例えば、タンパク・脂質分画が10%に増大しているとき、血清Naイオン濃度報告値が140 mEq/Lであるなら、この時の水分画Naイオン濃度は140/0.90=156 mEq/Lとなります。この血液サンプルを血液ガス分析装置にかけると、Naイオン濃度は140 mEq/Lよりも高く報告されるはずです。
3)元のサンプル中のタンパク・脂質分画が正常よりも「小さい」とき
元のサンプルの水分画が大きいため、サンプル全体に存在しているNaイオンの数を水分画だけに分布させると、濃度は1)の場合より薄くなります。 「血清」Naイオン濃度が正常でも、生理学的には「低ナトリウム血症」になっています。これが、ICUでよく目にする「中央検査室では正常だが血液ガスでは低Na血症」の状態、すなわち偽性高Na血症(偽性正Na血症)の本態です。例えば、非水分画が5%に減少しているとき、血清Naイオン濃度報告値が140 mEq/Lであるなら、この時の水分画Naイオン濃度は140/0.95 = 147 mEq/Lで、この値は水分画Naイオン濃度の正常値である151 mEq/Lよりも低くなります。
3)が仮定している
「タンパク・脂質分画が正常より小さい患者さん」
というのは、低栄養状態や、低アルブミン血症といった状態を指しており、これらはICU患者では頻繁にみられる病態です。教科書的には、異常タンパクの過剰産生が起こる病態(高ガンマグロブリン血症など)とからめて偽性低Na血症ばかりが取り上げられがちですが、重症患者では上記の通り偽性高Na血症、あるいは中検報告値の血清Naイオン濃度が一見正常でも生理学的には低い「偽性正Na血症」の方が圧倒的に頻度が高いと考えられます。実際、中央検査室と血液ガス分析で同時にNa濃度が測定されたものを見比べてみると、ほとんどの患者さんで血液ガス分析値のほうが低く報告されていることに気がつきます。
ここまでの議論をまとめると、次のようになります。
重要基本事項
・生理学的に意味のある数字は、「水分画」Naイオン濃度
・中央検査室にしろ血液ガス分析装置にしろ、報告しているのは「血清」Naイオン濃度
間接法による電極法
測定方法:十分に希釈した血清中に電極を差し込んでいる。
測定しているもの:十分に薄く、イオン同士の相互作用が無視できる溶液中でのNaイオンのactivity≒concentration
利点:アルブミン等の帯電タンパクの干渉による測定誤差も回避できる
欠点:希釈サンプルの水分画内の濃度は分かるが、もとのサンプルでの水分画内の濃度が分からない
直接法による電極法=血液ガス分析装置
測定方法:電極を全血に差し込んでいる。
測定しているもの:水分画内のNaイオンの「activity」≠ concentration
利点:水分画内の濃度に対する値を報告するので、間接法で血清分画異常の際に起こる、血清濃度と水分画濃度の誤差発生を回避することができる。
欠点:帯電タンパク等からの電気的干渉の影響を分画の状態に応じて補正できない。
間接法による炎光法=中央検査室
測定方法:十分に希釈した血清の吸光度を測っている。
測定しているもの: 希釈溶液中でのNaイオンの吸光度
利点:希釈前サンプル全体の体積(=血清)を溶媒としたときのNaイオン濃度を正確に測定できる。
欠点:希釈溶液はほぼ水だが、もとのサンプルでの生理学的に重要な水分画内の濃度が分からない。
以上が、Naイオン濃度測定を理解するための基礎的知識になります。ひとまずは、結論である「血液ガス分析装置の報告値が中央検査室の報告値よりも正確である」ということを覚えておきましょう。
Q. るいそう患者の中央検査室のNa値が150、血液ガス分析装置でのNa値が140と乖離していた。とるべき対応はどれか
1)中央検査室の値を信頼して食間水を増やす
2)中央検査室の値を信頼して糖液を投与する
3)血液ガス分析装置の値を信頼して特に補正は行わない
4)中央検査室に再検を依頼する
※報告値が予測と大幅に異なっている場合は、4)の再検も妥当であると言えます。
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